アスリートキッズの生活1

学校だけが全てじゃない 現在10歳の男の子(P1)と8歳の女の子(P2)を持つ日本人母のアムステルダム・キッズアスリート生活を綴った独り言です。 P1の専門は自転車。自転車を乗り始めたきっかけは父親がアムステルダムで自転車業をしていることもあるが、1歳半から自転車を乗り始め驚くべきバランスと鋭い観察力でロードバイク、マウンテンバイク、ベロドローム、BMX、一輪車を乗りこなし、日々技の習得を楽しんでいる。 P2の専門はダンス。2歳から幼児ダンスを始め、クラッシックバレエ、モダン、シアターダンスを経験後、今はストリートダンスと新体操の練習に日々取り組んでいる。即興で踊るのが大好きで柔軟な体が自慢。 二人はオランダのモンテッソーリ式小学校に通っており、学校が終わるとそれぞれの活動に励む。例えば火曜日はP1は所属するサイクリングチームとの練習があり、P2はストリートダンスの練習がある。わたし一人では送迎ができないので旦那が仕事から早めに帰って来てP1の練習に連れていく。木曜日はわたしが外で仕事があるので、旦那が学校から子ども達のお迎えし、P1が自転車を競技用に乗り換えて、P2をバクフィッツ*に乗せて12キロ離れたP2の新体操の練習場まで連れていく。その後P1を自転車の練習場まで連れて行った後にそれぞれ練習が終わった子ども達を迎えたあと家まで帰るというハードなスケジュール。そして週末にはP1の自転車レースがあるので旦那がオランダ各地にP1を連れて行き、P2は家でフリーダンスを楽しんだりトランポリンに行って技を特訓したり。P1のレースのシーズンになると家族4人で揃う日がほとんどないという状態。それでも子ども達のスポーツをサポートしているのは、スポーツを通じて学校では得られない貴重な経験をしているからである。 例えばP1は学校では控えめで皆の前で発表するのは苦手。友達は多い方ではなく、少人数の親友とだけ遊ぶタイプ。学校であまりハツラツとしていないので、一時は学校に相談してシャイな子どものためのプラグラムに参加させたりしていた。 自転車関係の仲間の中でのP1は少し違うようだ。P1は7歳からオランダの自転車レースに参加しているため、今ではレースで会う顔見知りが多い。レースが終わるとお互いの自転車の技を見せ合ったりおしゃべりをして楽しそうである。レース自体は40分くらいなのだが、それ以外はず〜っと遊んでほぼ半日を過ごす。P1の性格はこのグループ中でも大きく変わることはないが、P1がレースで1番になったり難しい自転車の技を練習していることを認めてもらっているようだ。そして自分ができない技をする友達のことを目をキラキラさせながら話してくれることもある。自転車という共通の興味から友達になったが、その他の違いもお互い受け入れられる仲間になっていったようだ。レースに出場し始めて以来そこから得る自信が学校生活に少しずつ影響しているのを感じる。自分のクラスに同じように遊ぶ友達がいないからと誘うのを止めてしまったP1だったが、今では放課後に学校の友達とスケボーパークにいく約束をしたり、週末に学校外の友達とBMXコースに行く約束をしたり忙しい。学校で自転車好きがいないおかげで友達の幅がより広がったようだし、学校以外の友達も作るようになった。 P2についてはどうか。P2は今では社交的でおしゃべり好きな明るい性格だが、小さい頃はオランダ語でうまく表現できず、クラスではとても無口だった。自分が注目の的になるのを避け、何をするにも恥ずかしがっていた。2歳になってから近所の幼児ダンスに通い始めると、音楽にあわせて踊ることを楽しみ始めた。3歳の頃のお気に入りは白鳥の湖。長いダンスをビデオを観ながら真似したり、3時間近くあるバレエをシアターで鑑賞したり、好きなことにどっぷりはまっているようだった。4〜7歳は色々なダンスを体験させていたが親として少し物足りない気がしていた。というのも、ダンスを習うとどこでも学年末に発表会があるのだが、人に見せるために集中して練習するチャンスが1年に1回の発表会前だけなのだ。もちろんP2は自分なりに完成させたダンスを披露してくれるのだが、いつも緊張感を持ってダンスをするとどれほど伸びるのだろう?コンペに出るならP2はもっとやる気が出るんじゃないか? その思いからP2に勧めたのは新体操。本人も体操と新体操の体験レッスンを受けて新体操が気に入ったようだった。新体操はかなりの柔軟性が問われ、音楽のリズムをつかみ柔軟に踊りつつ、かつボールやリボンなどの道具も使いこなさないといけない。P2にとっては今までの経験の総合であり、しかも選ばれれば大会に出場するチャンスもある。P2はリクリエーションレベルのグループからスタートしたが、柔軟性を認められ大会に出場できるレベル1にすぐに上がった。それでも練習は週に2時間しかないので、家で毎日のように自主練習している。そして学校の自由発表では自分で考えた創作体操を一人で披露するほど自信がついたようだ。 このように好きなことから発生する自信が子ども達の発達に大きく関係していることがわかる。私自身小さい頃はピアノ、手芸、料理などスポーツ以外のアクティビティーしか手軽に参加できなかったが、それはそれで楽しんだし器用になったと思う。しかし私の幼少期は競争や何かを達成できる環境がなかったし、自ら進んでしようとは思わなかった。しかし我が子の経験から子どもには少しの緊張感や競争があるとさらに伸びると確信したのである。今我が子に良い環境を整え十分な精神面の成長が感じられるので、学業は学校に任せるとして、母親の私は食事や健康面でのサポートに徹している。

エコ家族の引っ越し

2017年のはじめに家族で引っ越しという大きな変化があり、いまやっとBlogをアップするくらいの余裕が出てきた。単身での引っ越しは何度も経験したが、家族で引っ越しを経験するのはこれが初めて。単身との大きな違いは、物の多さと限られた時間。子ども用品はできるだけすぐ処分していたが、オランダで人気のMarktplaatsという中古品売買のサイトはどうしても好きになれず、処分しないまま放っておいた物も多々。物を捨てるのは大嫌いだけど新しい家には入りきらないので、重い腰をあげて処分をはじめた。 そこでみつけたのがFacebookの中古品売買ページ。アムステルダムローカルのものに参加すれば送料が発生しないのでエコフレンドリーでもある。そこのメンバーは特に良い人達ばかりで、Marktplaatsでの嫌な思いをせずに売買できた。子育てしながらだと売買に時間をとられたくないが、このページを利用すれば朝に売り出してその日にピックアップされるというスピード。これを大いに利用して短時間でたくさんのものを売った。 それでも売れないもの、売るには申し訳ないものに関してはリメイクをして再利用した。例えば我が家にあった二つ目のベッドはどうしても新しい家には入らないし、買い手もいなかった。ならば他の物に作り替えよう!とベッドの枠は家具作りの素材としてつかう為に分解し、ふとんマットレスは丸めて子供部屋のソファーにしてみた。 ふとんマットレスをシーツと丸めてバンドでとめると、丁度いいソファーに早変わり。それにゲスト用のマットレスにもなる。リサイクルを超えた見事なアップサイクル!と自画自賛。ちなみに子供部屋のカーテンも古いものをリメイク。以前つかっていた白いカーテンはこの家の窓には短かすぎたので、他の布を継ぎ足して再活用。この継ぎ足しの布も新しく買っておらず、前の家で階段の下に貼っていた布w クッションカバーまでこの布で作れた。 こども部屋は殆ど整い子ども達は快適にすごしているが、新しさがほしかったのでベッドカバーを新しくしてみた。この2枚のこども用ベッドカバーは大人用のカバーからリメイクした。もとはHAYのキングサイズもので、こども用でこのデザインはなかったし、1枚のカバーからこども用が2枚と枕カバーまで作れるのでかなりお得。 前からリサイクル&エコが我が家では普通だったが、引っ越しの作業でもこれを徹底した。引っ越し用の箱やパッキングマテリアルは全く買っておらず、ゴミとして出ていた物を拾ったり、旦那の店でつかった後の物を利用した。 店ではもう捨てるだけの箱やエアーパッキンがもう一度つかわれてリサイクルされる。このランドリーバッグも十数年もつかっている。   そして物を運ぶ作業も自転車で。旦那が作ったトレーラーを自転車につけて何回も往復した。新しい家まで600mしか離れていなかったのが幸い。単身の時は引っ越し全てを自転車で運んだものだが、家族の荷物は相当多くトラックを借りなければ到底無理だった。 旦那は旦那でもっとエコ。新しい家にあわない家具は備え付けの家具を作る為の素材として全て再利用する。私たちが出た後に家を解体することが決まっていたので、許可をもらってドアや床、使える木材はすべてもらっていた。このため新しい家のベッドルームは素材置き場となってまだ使えない。素材を再利用するには新しい物をつかうより時間がかかるのも分かっているので、ベッドルームはしばらくつかえないだろう。それでも無駄なく物を利用するほうが私たち家族に合うのだ。    

Hello 2017

あけまして おめでとうございます 2016年の風邪を持ち越して2017年のお正月を迎えた。この冬は忙しくしていたので去年のように母がオランダに来てくれたのはちょうど良い息抜きになった。しかしその母にも風邪がうつり申し訳ない気がしているのだが。。。 2017年は私たち家族にとって大きな変化になることは間違いない。というのも、10年住んだこの家からでて2月に新しい家に引っ越すことになっているからだ。子供達にとっては初めての引っ越しだし、わたしにとっても初めての家族での引っ越し。それに今の家の半分のサイズの家に引っ越すのだからいろいろな不安があるが、次の家はマイホーム。小さくても乗り越えていこうと思う。 私たちが引っ越す事になったきっかけは1階に住んでたおばあちゃんが亡くなったことだ。子供達に声をかけてくれて、誕生日やお祝いの時には必ずプレゼントをくれたおばあちゃんが亡くなると同時にこのビルが売りに出され、あるデベロッパーに買い取られた。デベロッパーとの長い交渉のすえ私たちが出て行く契約を結んだのだが、次に引っ越す家はこれから探すので相当のプレッシャーがあった。ユニークなアムステルダムの家を見ながら、子供達の学校、家の広さ、環境、地域など優先順位を決めないと先に進めなかった。家探しをはじめて10日後、子供達の学校と習い事を変えずに済む隣の地域の家を購入することに決めた。早く決まってほっとした。 この家に決めたのも天井が高く、メインのベッドルームや子供部屋にメザニンを作ることができるからだ。私が不要品の整理をしている間、旦那はCADを習いながらメザニンの設計をする。メザニンだけでなく、庭の小屋や10台近くある自転車の収納スペースのデザイン、キッチンエリアの改造など、したい事がいっぱいありすぎていつ出来上がるのかわからない。これが家を持つ人の宿命なのか!? はじめはスーツケース1つでオランダに移り住んだ。だがこの家に物を置くスペースがあり何も捨てずに過ごしてしまったので、ツケは大きい。持ち物それぞれに思い入れがあるという理由もあるが、ただごみとして処分するのはどうしても避けたいのだ。引っ越しの後と思われる大量のゴミを通りで見かけると、いつも寂しい気持ちになる。なのでたとえ時間がかかっても、貰い手をみつけて物の寿命を少しでも伸ばしてあげれたら、と思う。その為にはこれから買う物は慎重に良い物を選び、本当に使うもののみ持ちたい、と生活スタイルを見直すきっかけになった。これからも引っ越しからくるポジティブな変化をもっと楽しもうと思う。その前に健康にもっと気をつけて、簡単に風邪がうつらないようにしたいなあ〜。。。 2017年が皆様にとって健康でエキサイティングな1年となりますように。

子どもの言動にはちゃんと理由がある

もう9月も終わろうとしている。最後にBlogを書いたのが半年前だなんて。。 最近は限られた時間を帯制作に向ける為、買い物や掃除、コンピューター作業を最小限にしてすごしてきた。だが、Blogは自分の心の整理でもあるし子どもの記録でもあるので、なるべく続けたいものだ。 最近確信した事がある。 P1が9月に入って水泳をひどくいやがるようになった。旦那が嫌がる背中を押してどうにか連れては行く。P1は飛び込みさえできれば#終了テストを受けられるので練習してほしいのだが、飛び込みに積極的ではない。P1は新しい事にネガティブで消極的なところがあるので(私に似たのだろう、、泣)旦那は「またそれか、、」とうんざり。わたしは新しい事を怖がる/表現する事に対して否定したくなかったので、旦那と意見が対立していた。 先週私がP1を水泳に連れて行った時、P1が耳の痛いといってレッスンの途中で帰ってきた。プールからあがると機嫌もいいので半信半疑ながら医者に見てもらう事を決めた。 医者からは外耳炎だと言われ、ステロイド入りの点耳薬を処方された。水泳後に耳に水が入ったのままだったか、長く鼻水がでていたので炎症を起こしたのかもしれない。P1はかなり痛くなるまで耳の事を訴えなかったので、私たちがいままで気がつかなかったのだ。子どもにとって小さな変化に自分で気がつく事がまず難しいし、P1はそれを日本語でうまく訴えられなかったのだろう。そういえば耳がどうとか言っていたけど、意味が分からず聞き流した覚えがある。点耳薬をはじめてからP1はだんだん機嫌がよくなり、最近何に対しても消極的だったのは病気のせいだったのがよく分かった。それを性格だと決めつけていた事を反省した。 子どもは自分を理解したり思いを表現することを少しずつ習っている。大人の私にもまだ難しい事である。なので子どもの変化に気がつくようよく観察する事、子どもが何かを訴えた時には十分耳を傾けて、それを表現するのをサポートする事が親の仕事だと改めて感じた。そうしていたつもりだが、そういう性格だと思い込んで子どもから聞かなかった事も多かったと思う。 ↑1年前のポストイットを使ったお手紙ごっこ。主語が抜けているので理解するのもお返事書くのも難しい!これは「宿題が全部正解か」を聞きたかったらしい。漢字を習っている今はもう少し具体的に書けるはず。日本語でのコミュニケーションはゆっくりながら前進中。 #終了テスト:オランダの学校では水泳レッスンはしないので、子ども達は地域のプールで有料レッスンを受ける。A,B,Cレベルの終了証書をもらうには最後にテストをうけなければならない。P1はBレベルのレッスンを受けていて、着衣のまま飛び込み、着衣泳、6M先の輪をくぐるなどのタスクがある。

イースターでも工作三昧

春の始まりは工作好きの私の一番すきな時期である。 毎年子ども達の学校ではイースター前の木曜日にクラスで朝食を食べる。朝食の内容はパンやゆで卵、フルーツや飲み物などで、これを自分で持って行くのだが、くじでひいたお友達の為に箱を楽しく飾って食べ物を入れてあげるのだ。誰が誰のを用意するかは当日まで内緒。 この「箱を飾る」工作はとっても楽しくて毎年私も張り切って手伝っていた。P1が4、5歳の頃はイースターの意味もよくわかっていなかったので、私がアイデアをだして材料を揃えて、一緒に作れる所を作っていた。他の子ども達の作った箱を見るのも楽しみで、特に家庭によって親子の接し方が工作に現れているのが興味深かった。例えば子どもに全て作らせたであろう箱も多数見られる。モンテッソーリの学校だから子どもの自立心を尊重する家庭が多いのだろう。私は自分の分野なのもあっていきなり高度な箱を一緒に作ろうとして、子どもがついてこれない事もあった。他の箱をみながら私の子どもにはどっちのアプローチが良いのか悩む事もあった。  過去の箱たち P1にとってもう4回目になる今年の箱作りの行程は全く違っていた。P1がくじを引いた日に当たったお友達の好きな事とイースターを合わせてデザインを書いたのだ。しかも箱を上から、横から、前から見た図を書いてくれたので、何がしたいのか立体的に理解できた。これだけアイデアがはっきりしていればあとは少しサポートするだけでいい。 学校の帰りに工作の材料を一緒に買いに行き、好きな素材を選ばせた。好きな色を自分で塗ってもらい、接着も自分で出来るものはすべてやってもらった。技術的に難しい部分はパパにバトンタッチして、一緒に線を引いたり切ったりしてできあがったものは、、、 スケボーが乗ったチキンバス!私もこんな箱を友達からもらいたいわ。 小さい頃のP1は難しい工作が一人で出来なかったが、どんなことがどこまで出来るかを習ったのだろう。それによってP1のデザイン意識も高まり、オリジナリティーのあるものが考えれるようになったのだろう、と分析する。今回手伝いをする際に、なぜこの素材を使うかを細かく説明してみたが、意味がわかっていたようだ。次回は素材も自分一人で選べるだろう。 時間があるごとにいろんなイースター工作を楽しんでいる。まだまだ工作のアイデアはあるので、明日からのイースターホリデーも楽しく過ごせるだろう。  

New Year New Site

あけまして おめでとうございます 2016年のはじまりにオランダの海岸に寒中水泳を観に行きました。 自分たちはとても参加する気にはなれませんでしたが 気合いをいれて海に飛び込むオランダ人親子をみて 近い将来参加するのもいいなと思いました。         いつもゆっくりペースの私ですが、今年は「猿のように素早く行動」を目標にがんばります。 このサイトのデザインも新しくかえて、BlogはDiaryで見れるようにしました。アート作品やその他の活動も このサイトで全部みれるようにリンクさせました。 これからも宜しくお願い致します。 稲留京子      

自分の死を決める

最近悲しい事があった。私たちの家の地上階に住むおばあちゃんのCさんが亡くなったのだ。83歳だった。 Cさんはずいぶん前に旦那様と死に別れてから一人で暮らしていた。彼女と喋るようになったのは私の子どもがお喋りできるようになってから。3人の子どもを育てたCさんは私たちのことをよく気にかけ声をかけてくれた。腰が悪くなり窓辺に座る事が多くなったCさんにとっても、子ども達が窓を覗いてくれるのが嬉しいようだった。同時にCさんの持ち物で子ども達が好きそうなものをどんどんくれるようになり、ひょっとして引っ越すのかな?と思う程身の回り品を処分していた。 やがてCさんは外に出歩く事もできなくなり、ヘルパーの人が訪問するようになった。ヘルパーの人が身の回りの世話をしてくれるのだが、私たちへの誕生日のお祝いもヘルパーの人に頼んで届けてくれていた。 私たちが夏休みのバケーションから帰ってくると、Cさんの窓はカーテンが閉まったままだった。娘さんのところに滞在しているのかもと思っていると、その娘さんから手紙が届いた。私たちが留守中に転倒して骨が折れ、そこからいろいろな感染が広がって食欲もない状態でアムステルダムのケアセンターにいるという。すぐに娘さんに連絡を取り子ども達を連れてお見舞いに行った。 娘さんから聞いたところ、Cさんはもう長く生きたので手術はしない事を決め、病院ではなくこのケアセンターに入ったようだ。が、日々容体が悪くなり痛みを和らげる為にモルヒネ投与をはじめていた。泊まり込みで付き添っていた娘さんは、Cさんが死を選んだ事を尊重し、ポジティブに受け止めようとしているようだった。私たちがお見舞いに行った時、Cさんは目を開けて子ども達が描いた絵をみてお礼を言ったが、それ以上喋る事はできなかった。 お見舞いに行った四時間後、娘さんからCさんが亡くなった知らせを受けた。 オランダに家族がいない私たちにとってはCさんは子ども達のオーマ(オランダ語のおばあちゃん)であった。葬儀には家族みんなで参列するにあたり、初めてのことなので何をどうしたらいいのかわからず知り合いに聞きまくった。しかし特に宗教にこだわらないCさんの葬儀は予想外に短かく簡潔だった。 オランダでは高齢の人に終末期医療を希望するか本人と確認し、ほとんどの人が希望しないそうだ、と後に新聞記事で知った。Cさんのようなオランダの葬儀はカジュアルでドライな印象を受けるかもしれないが、本人の意思が一番重要なので形式でしかない葬儀は重要でないのかもしれない、と理解した。もう窓を覗いて手を振ることができないと思うと本当に寂しいが、自分の最後を自分で決められるのは一番の幸せだろう。そしてそれを受け止めてくれるオランダ人と社会は素晴らしいと思う。  

2015

今年も1月1日に年賀メールの作業に追われ、3日になってやっとこのBlogにアップ。Blogを更新する事も少なくなり去年のポストも1ページですべて表示できるくらいになってしまい、、、。 2014年は教育に関するワークショップに参加したり本を読んだりオランダ語の勉強に時間を費やしたり、 自分の一番感心ある事の為の勉強を子育ての合間にがんばった。まだまだ学ぶことはいっぱいあるけど、そのリズムができたのは大きな発展だ。 皆様の2015年も楽しくクリエイティブである事をお祈りしています。 *今年の新年のカードデザインは親子でハマった「Frozen」がテーマです。 おせちの盛りつけが多少上手になったのとP2も少しおせちを食べてくれたのは大進歩!

自転車がなくなるの巻

10月28日、子ども達の学校が研修でお休みなので午前中からお出かけする事に決めた。電車で出かけるため午前11時頃、街乗り自転車に子ども二人をのせてアムステルダム中央駅に向かう。この時間帯は無料駐輪場も有料駐輪場もいっぱいなのは分かっているのでBakfietsで出かけるような事はしない。 この自転車でも駐輪場のラックに入らないので、私の最近の方法は自転車ラックのすぐ横に自転車をおくことだった。ラックに収まらないからしょうがないけどちゃんと駐輪場に入れてるよという気持ちで。これで3回くらい同じ場所に自転車を置いているが他にやっている人もいるし問題があるように見えなかった. でも、、、、なくなりました。電車から降りてP1がはじめに自転車に走っていったのだが「ママ〜自転車がない〜!」P1のこういう記憶力はいいので間違える筈はないし、私も同じ場所を見渡したけど、、、やはりない。自転車があった場所にもメッセージや持って行った痕も何もない。 市の機関に持って行かれたか泥棒に持って行かれたか困惑しながら、近くの駐輪場でアムスのFietsdepot(自転車保管所)の情報をもらい、その日は皆悲しい気持ちになりながらトラムで帰った。 アムステルダムの自転車保管所にメールや電話で問い合わせても私の自転車はないという。でも昼間に駅前で自転車が盗まれる筈はないと思い、とりあえず保管所に出かけてみる事にする。保管所ではID、自転車の鍵、あれば自分の自転車を証明する番号や保険の証明、10ユーロが必要なので、それらを用意する。82番のバスにのってWestpoortwegというところで降りると、他のほとんどの乗客も同じ停留所で降りたのには笑った。そして皆保管所へ歩いて向かっていった。 保管所では受付で自分の自転車のなくなった場所、日にちを伝えて向こうが管理している写真で自転車を確認する。電話でもメールでもないと言われた私の自転車はちゃんとここにあった! 毎日250台の自転車が運ばれてくるという自転車保管所はやはり自転車だらけ〜!!!この中から自分の自転車のところに連れて行かれ、鍵が合うかを目の前で確認してやっと自転車を持って行く。ここでは2ヶ月自転車を保管してくれるので早めに引き取りにいくべし。10ユーロ払うと自転車を家まで届けてくれるサービスもあるそうだ。私が保管所に出かけていって帰ってくるまで2時間もかかってしまったので、それも悪くない。それでもここの60%の自転車は引き取られないままだそうだ。オランダに慣れていない人は自転車が盗られたと思って諦めるからだと思うけど。 オランダでは自転車の窃盗が多いので、自転車よりも高い自転車ロックを買い、ユニークな自転車に乗る事が窃盗を避けるポイントだ。そのため市では自転車に名前を彫る無料サービスも行っている。窃盗の場合オランダ最大のMarktplaatsという個人売買サイトに、盗まれた自分の自転車の情報をのせている人もいた。窃盗自転車の売買を防止するにはいいアイデアだ。 こちらは廃棄自転車の行列。市は定期的に駐輪場から古い自転車を取り除いている。まず目立つオレンジ色のステッカーを自転車に貼って忠告し、1週間後に持って行ってしまうが、この自転車も取り戻す事はできる。 10ユーロと2時間の旅で自分の自転車が無事に帰ってくるのでオランダは良心的なほうだと思う。ただ我が家の高級自転車ロックは切られて使い物にならないけど。長く住んでいるオランダでのはじめての体験だったし、子ども達の社会学習にもなったのである意味楽しかったが、二度目は絶対避けたいものだ。    

弁当文化

9月からP1の補習校がはじまった。P1はまだ幼稚園で言う年長さんの歳だが、アムステルダムの補習校ではこの年齢対象にプリクラスというクラスが9月から3月まで毎週土曜日にあり、小学1年生になる前にひらがなや日本の学校の習慣に慣れさせる、というクラス。オランダにあっても日本人小学校は日本の教科書を使い、日本らしい黒板や机の並んだ教室で授業をするのである。 オランダの学校と全く違うもののなかに、運動会、朝礼、宿題、上履き、名札などがあるが、日本らしい弁当を持って行く事も大きな違いだ。いままでサンドイッチのランチしか食べた事がなかったP1が、土曜日のおにぎり弁当を完食してくれるので作りがいもあるし、週に1回なので楽しんで弁当作りをできる。 弁当をつくる事で今までのランチを見直すきっかけにもなった。オランダでは朝も昼も内容にあまり違いのない食事になりがちだ。我が家の子ども達の朝食にはヨーグルトとパンにジャムやHagelslagというチョコレートのふりかけの様なものを食べる。ランチもクラスの皆がパンを持ってきているようなので、やはりパンになる。できればパンをなくしておにぎりの弁当にしたいところだが、他の子に何かいわれることもあるようなので子ども達が食文化に寛容になるまで少し我慢。しかしパンに挟むものといったらよく食べてくれるハムや、やはりジャムやらHagelslagになりがちだ。弁当を作る日に野菜やお肉、魚もいれると何でも食べてくれるのだから、毎日少量でいいからパン以外のものを入れるようにしたら、それも完食するようになった。 うちの子ども達が好きでオランダで手軽に買える弁当のおかずは、fishstick, チキンナゲット、ソーセージくらいしかない、、、。これらの食品は添加物が使われやすいので、我が家ではなるべくビオもものを買うようにしている。できれば自分で作って冷凍するのが一番。ミニハンバーグやお芋の肉巻き、茹で野菜をかわいい形に抜いたものなど。前日はゆで卵、ゆで野菜などを用意しておいてけば、当日は卵焼きやおにぎりをつくって詰めるだけ、のはずがなぜか大変。それでも日本のかわいい弁当アクセサリーを使ったりしていると、遊び心がでて楽しくなってくる。 私がオランダに住んでよく恋しく思うのが日本食である。手に入らない食材もあり、旦那のアレルギーもあって自分の好きな食べ物を毎日食べているわけではないからだろうか。以前日本に住んでいたオランダ人の友達と喋っている時、日本でオランダのパンが一番恋しかったと聞いて笑った。あんなに何でもある日本でもオランダのパンが良かったらしい。新聞の記事で、オランダ人が旅行中に一番恋しく思う食品の一位はチーズ入りのパンだ、というのを読んだ事がある。人の味覚の記憶は根深いものだと驚かされる。 なので私の子ども達にも今、いろんなものを食べさせて思い出の味の幅を広げさせたいと思う土曜日の朝であった。 こうしてみればおかずのレパートリーが少なすぎる(泣)もっと日本の弁当を研究しなければ!